2007年3月12日 (月)

気が小さいと、未来の世界が好きになるんです

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男には賞味期限がある

 

若作りをしてもムダ

 

ハゲちゃったら終わりなんだ

 

 

などと考えているぼくは、ここ一週間、カゼでぶったおれてた。 

まあ、ビタミン不足のせいだろう。

独身男の、ゴキブリのような暮らしだと、

どんどん野獣みたいな食生活になっちゃうんだ。

 

・・・哀しいことに、『ゴキブリで野獣』は矛盾じゃない。 

独身の独は、ケモノへんに虫って書くんだよ。

 

というわけで、買い置きのカップ麺だけで病気を克服したぼくは、

この間、ひさしぶりにヒゲを剃ろうとした。

そして洗面台で、

「キャー!」と、男らしく叫んでしまったんだ。

 

ハゲが・・・

ハゲが進行してる!

なんだか薄くなってるよう、おう、おう!

 

ぼくの人生は終わった。

彼女もいないのに、終わってしまった。

 

悟りを開いたぼくは、そこで

ヒゲも剃らずに読書にふけったんだ( 働けよ )。

 

賞味期限を超越した世界を求めて、

こんな時は、古典をチョイス。

ずっと読まれるだけあって、面白いし元気も出るから。

 

で、ドス黒い気分のぼくは、ヘラヘラと『 論語 』を読んでいた。

心が、洗われるようだったよ。

ホントにね。

弟子に叱られる孔子の姿は、もう、感動的なんだ。

 

子路第十三編、

そこで弟子の子路が、孔子に質問をする。

「いつの時代も変わらないなあ」って感じの、お弟子さんらしい質問なんだ。

 

「子路:

衛(という国)の殿様が先生に期待して、政治の責任者になってくれと
たのまれたとしたら、
先生は、何をまっさきに、やられますか?」(吉川幸次郎訳)

 

学問って現実にあてはめたら、どうなるの?

っていう王道の質問だ。

もちろん孔子は、ビシッと答えた。

 

・・・そして、弟子に叱られちゃうハメになる。

 

「孔子:

きっと名称の整頓からはじめるだろう( ビシッ!)

 子路:

これこの通り、先生は迂遠だ。
なんの必要があって、整頓などするのですか 」

 

まあ、せっかく現実政治への学問の応用を聞いたのに、

「必也正名乎」( 必ずや名を正さん乎 )

権力もったらまず言葉とモノの間の整理をしなきゃ!

なんて答えられたら、フツーはあきれる。 

 

というわけで、子路も

「有是哉、子之迂也」(是れ有る哉、子の迂なる也)

これだから先生はも~・・・

って、今でも通用しそうな言い方であきれかえっている。

さすがは『 論語 』、

あきれ方すら賞味期限がないんだね!

 

なんて感心しながら読んでると、孔子の反撃が始まる。

ふだん簡潔なことばしか使わない孔子が、

あきれかえっている子路に、すごく長い演説をするんだ。

 

「孔子:

無教養だね、君は。紳士は知らないことに対しては、黙っているべきだ。
一々の名称が正確でなければ、
言語が妥当でなくなる。言語が妥当でなければ、事務は整備しない。
事務が整備しなければ、礼楽による文化の生活は振興されない。
礼楽による文化の生活が振興されなければ、刑罰が妥当を失う。
刑罰が妥当を失えば、人民は手足のおきどころもなくなる。
だから紳士は、
名称を立てた場合は、普遍な言語としての使用を、期待する。
そうして言語となったものは、必ず実践を期待する。
紳士は、
その言語に対して、なげやりであるということはない 」

 

すごい・・・

なにより、

孔子らしくなく、熱く演説してる・・・

 

これが世にいう、

逆ギレの始まりである。

 

いや、まあ、逆ギレっぽく見えるってことなんだけど、

でも、そこがいい。

ぼくは、この孔子の態度と言葉が、なんだかすごく好きなんだ。

現実と学問は違うのさ、

なんて安易な割り切りをしない、思想家のド根性を感じるんだ。

 

とはいえ、孔子の人生は挫折の連続だった。

じっさい、上の話に出た衛の国から、

『政治顧問になってくれ!』って本当に依頼が来た時も、

そこの王妃様に誘惑されたりとかして、

いつの間にか、古典中の古典がOO7のような話に突入していたりする。

 

まあ、OO7はともかく、『 論語 』は、孔子の理想の挫折の記録だ。

弟子から叱られたり、

弟子を失ったり、

政敵に命を狙われ、必死で逃げたりする記録なんだ。

 

もちろん、孔子がはじめた儒教は、

のちに東アジア全域で公認され、たくさんの学派も生み出したよ。

 

でもけっきょく、理想を成就できてない。

 

こう批判したのが、

江戸時代の学者、本居宣長ってヒトだ。

 

宣長ってヒトは、町人出身だったせいか

少し変わった考え方の持ち主だった。

天下国家を論じたり、道徳家ぶっている奴は儒教かぶれなだけで、

本当の日本人は、もっと、こう

「物はかなくめめし」き真心を持ってるんだ!

と言い切っちゃった面白いヒトなんだ。 

 

というわけで宣長は、儒教ギライとしてすごく有名だけど、

じつは若い頃、儒者の先生のもとで勉強をしていたりする。

 

でも、「めめしき心」が大好きな宣長は、

もう青年時代からケーハク野郎と思われていたらしい。

で、一緒に学んでいる友人から、

「お前さあ、和歌なんか詠んでないで、マジメに勉強しろよ」

ってお説教されちゃうんだけど、

宣長はマジメに漢文の手紙を書いて、こう反論してるんだ。

 

「かの徳高き孔子ですら、周の世(孔子の理想とした世界)をへだたること
まだ遠からぬ時にあって、その道を敷きのべることができなかった。
日東の仁斎、徂徠(日本のすごく偉い儒者、伊藤仁斎・荻生徂徠)も
またそうであった。
とすれば、聖人の道(儒教)を学ぶのは
恰も空しい屠竜の技ではないか」(西郷信綱訳)

 

ぶっちゃけ、宣長は

「天下国家を論じたがる儒者って、ドラゴンスレイヤーと一緒だね。

ドラゴンを倒す練習なんかバカみたいだろ。夢みてんじゃねえよ」

って、メチャクチャひどいことを言っているんだ。

 

じゃ、ドラゴンスレイヤーは止めたとしても、天下国家はどうするの?

このギモンに対して、

いつも宣長はサクっと答えている。

 

日本は神の国だから、理屈たてて議論しなくても大丈夫!と。

  

「万の事は、おこるもほろぶるも、さかりなるもおとろふるも、
みな神の御心にしあれば、さらに人の力もて、
えうごかすべきにはあらず」(『玉勝間』)

 

だから、日本の偉い人たちが、

中国の思想、儒教にハマったりしたのも、

神のおぼしめしだから仕方がない、って宣長は言う。

 

これが世にいう、

空気嫁の始まりである。

 

たしかに、世の流れに逆らって、理屈をこねても仕方がない。

それに何だかんだ言って、みんなちゃんと暮らしている。

ただ、そのことを宣長がキッパリ言葉にする時、問題が起こる。

 

「まことに道あるが故に道てふ言なく、
道てふことなけれど、道ありしなりけり」(『直毘霊』)

 

ここにあるのは、否定的な自己規定だよね。

儒教の理想の否定、という形で、

影絵としてようやく把握されるのが、宣長の神の国だった。

 

孔子の理想がなければ、その否定もできない。

 

逆ギレがなければ、空気嫁って言えないんだ。

 

ぐわ!マズい・・・ 

なんかまた、ダラダラと書いちゃった・・・

けれど、ぼくの言いたいことはわりと単純だったりするよ。

 

学問や理想に、「空気嫁」と言うのはいい。

でも、そこで賞味期限を求めるのはよくないってことなんだ。

 

「学問は浮世離れしてる!」って批判は正しいって、ぼくも思う。

でも、

浮世離れしているから、学問には力があるんだ。

とりわけて、文系の学問はね。

 

もしもそこで、「現実にどうよ?」って賞味期限を求めてしまえば、

逆ギレばかりか、空気嫁も、共倒れしてしまう危険がある。

 

たとえば、今じゃ

もうダレも、『 論語 』や『 古事記伝 』を読む必要はない。

東アジアの文明は、

西ヨーロッパ産の近代文明に負けちゃったから。

 

そしてぼくの頭は、

毎日どんどん薄くなってゆくから。 

賞味期限を求めるのは、止めて欲しいんだ。

 

現実に無力で、みんなが読みたがらなくても、

現実に独身で、女の子に相手にされなくても、

いいじゃない

負け組だもの。( by みつを )

 

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2007年2月21日 (水)

たぶんぼくは、きみの敵

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・・・この間、気が付いたんだ。

 

ぼくのアホBlogに、一日で十人以上のヒトが来ることもある。

正直、大ショックだ。

算数の苦手なぼくは、両手におさまる数でないとパニックになるんだよ。

 

というか、

なんかヒトを騙しているような気がして、胸が痛い。

 

こんなアホBlogは、ヘンなヒトしか耐えられないはずなんだ。

まともなヒトには、時間のムダを強いるBlogなんだ。

そこでぼくは、「あなたのアホ度テスト」をここに載せてみることにした。

 

二択だよ。

いいえ、が多いヒトは、立派なヒトだ。

そんな君は、あんまりこのBlogを読まない方がいいと思うな。

 

では、始めるよ!

タラ~♪

「あなたのアホ度テスト!」(声:大山のぶ代)

 

問一) あなたは、ヘビーメタルをよく聴きますか?

 

    ○ はい、よく聴きます!

    ○ いいえ、そんなもの聴く必要がありません。だいたい、ぼくらのメタル神、
      デイブ=ムスティンが、「ビートルズが好き!」とカミングアウトした時に、
      ヘビーメタルの美学は終焉をむかえたんです。もう忘れさせて下さいよ。

 

問二) あなたは、お酒をよく飲みますか?

 

    ○ はい、よく飲みます。
      ・・・というか、飲んで忘れないと生きていけないくらい、情けないことが
      多すぎて、人生ホントにつらいです。そりゃあ、逃避だって分かってます。
      分かってますが・・・だからどうしたこの野郎!かかってこい!

    ○ いいえ。飲むとしても、程度をわきまえています。

 

問三) つらかったんですね。あなたは、誕生日やXマスはいつも一人?

  

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    ○ はい、一人で、部屋に、こもって、本とか、音楽とか、Blogの、更新とか
       あ、あれ・・・ヘンだな・・・モニターが、よく、見えないや・・・

    ○ いいえ、彼女がいます( 妻でも可 )

 

問四) 質問を変えましょう・・・だからクリムゾン顔にならないで。
    では、聞きます。あなたは、たまには本を読みますか?

 

    ○ はい、時々、ガマンできなくなります。

    ○ いいえ、「本」の定義によります。
      ベッドの下に隠してあるのも本だなんて言わないで下さいよ。
      それに大人なんだから、借りた本は返しましょう。
      借りたら返すな、
      返すなら借りるなって信念はジャイアンもいいところです。

 

問五) いい本は、いつも絶版なんです!文句あるなら研究費がもらえる
    ヒトや、お金持ちのヒトに言って下さい!あのヒトたちのせいで・・・
    あのヒトたちの・・・ま、いいです。
    古本屋で流した涙を語るより、ええと、あなたはビンボーですね?

 

    ○ はい、ビンボーです!

    ○ いいえ、多少ですが貯金があります。ナゼ、いきなり決めつけるんです?

 

問六) 日本を代表する食べ物といえば、豚丼とカップラーメンですよね?

 

    ○ はい、さすがに飽きましたけど・・・

    ○ いいえ。京懐石やカレーも日本を代表する食べ物です。もっと願望を
      広げて下さい。いくらここ数ヶ月、もう豚丼すら食べられない財政状況
      だからって、日本の、豊かな食の多様性まで捨てちゃうんですか?
      大丈夫ですか?
      ビタミンってなんだか分かります?この指、何本に見えますか?

 

問七) ・・・リンゴをかじると、歯茎から血が出ませんか?

 

    ○ はい、たぶん。ただ、ここ何年も果物なんか食べてないんです。

    ○ いいえ。でもそのCMコピー、非常にインパクトありますよね。

 

問八) インパクトの瞬間、ヘッドが回転しませんか?

 

    ○ はい。よく分かりませんが、ヘビーメタルのコンサートでノリノリになって、
      全力でヘッドバンギングをしてたら、ゴリってヤな音がして、全治二ヶ月
      のムチ打ちになったなんて、ぼくは誰にも話せなくて、でもマジなんで、
      学生保険なんか入ってなかったから、もうホンマにヒドい目にあいました。

    ○ いいえ。そのCMコピー、なんの商品なのか調べてから質問して下さい。

 

問九) すべての道はヘビーメタルに通ず、というコトワザがあります。
    分からない質問をされた時は、黙って胸に手を当てて、
    自分のメタル魂に聞けばよいのです。
    質問はこちらがします。
    あなたはとにかく答えて下さい。さて、それでは聞きましょう。
    ここにドラムセットがあるとします。それを叩く時、ナゼか
    つい「それ、チンだボディだフックだチンだ」って言いますよね?

 

   ○ 分かります!ベースが音を外したら、
     「ちきしょ~!倍にして返してやる!」って、
     思わずこっちまで、リズム外しちゃったりします。仕方ないですよね?
     先に間違えた方が悪いですよね?
     『やっぱりドンカマ使おう』なんて、もう言わないよね?

   ○ いいえ。そんなに嵐を呼びたかったら、そろそろ、「ぼくはマルクス好き」
     ってカミングアウトしたらどうです?嵐を呼ぶBlogになれるかも知れませんよ。

 
 

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問十) ひっ!・・・
    あはは、やだなあ。
    マルクスといっても、グルーチョですよグルーチョ

    と、自分の尊敬する思想家を、同姓のコメディアンで誤魔化すほど
    ぼくは、ダメな人間です・・・
    冷戦がとっくに崩壊してからマルクスをヘラヘラ読み出したぼくは、
    自分の好みや考えに、「正しい」って確信がもてません。
    だったら読まなきゃいいんですが、
    やっぱりぼくはマルクスの本が好きみたいです・・・と開き直るのも
    最低だ、って考えながら、ドラム叩いたりBlogやったりと
    自分でも意味不明な行動ばかりで、どうすればいいんでしょう?

 

   ○ Blogくらいはいんじゃね?それより日本語でおk。

   ○ いいえ、言論には責任がともないます。まして思想的バイアスを
     表明しないまま何かを論ずると、客観性を装うことになりますよ。
     そもそも、読んでるだけという態度自体、
     哲学に向かって手袋を投げたマルクスを理解していないと思います。

 

・・・質問は、以上です。

 

みなさん、結果はどうでしたでしょうか?

いいえ、が多かったヒトは本当に立派です。

はい、が多かったヒトは、もうちょっと頑張りましょうね。

 

ぼくみたいになったら、終わりだよ。

 

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2007年2月19日 (月)

気が小さいと、言い訳が好きになるんです

F_1ぼくは、段取りができない

 

プランを立てることが

すごく苦手なんだ

 

おかげで、

言い訳ばかりの人生だよ

 

 

まあ、惚れっぽいヒトは分かってくれるんじゃないかな。

思えば、ぼくは

 

  ・ 幼稚園の時、となりに座った子がすごく好きだった

  ・ 小学生の時、となりに座った子がすごく好きだった

  ・ 中学生の時、となりに座った子がすごく好きだった

 

大学時代になると、

ナゼかみんな、

「節操がない!」って、ぼくをメチャクチャ批判していた。

 

高校だけは男子校だったから、ぼくの心も平和だったよ。

となりに座った野郎に惚れるのは、ちょっと、ぼくにはムリだった。

 

ともあれ、こんな性格のぼくに、心の平和はめったにない。

いつだって、告白すべきかどうかヒジョ~に悩むんだ。

でも、どう告白するかで悩んだことはない。

 

気が小さいと、告白そのものが大問題になる。

告白の内容なんて、五千光年の彼方の問題だ。

 

というわけで、「告白しよう!」と思いついたら、ぼくはその場で行動に移すんだ。

後になってからじゃ、もう二度と、勇気が湧いてこないから。

そして、たいていロクでもないことになる。

 

お子ちゃま時代は、ホントにヒドかったよ。

 

ぼく:「 ・・・なあ、なあ 」

女の子:「 ん?QKクン( ぼくのこと )、なに?」

ぼく:「 なあ、なあ 」

女の子:「 せやから、なんやの? 」

 

ぼくは勇気をふりしぼって、告白していたんだ。

でも、何を話していいかサッパリ分からなかった。

 

ぼく:「 なあ、なあ・・・ 」

女の子:「 なんや、さっきからナ~、ナ~ゆうて、猫のマネ?」

 

気がついたら

ぼくは教室の壁で、爪を研ぐマネをしていた。

 

これは背筋をピンと伸ばすのがコツだよ。

 

ソックリ~!って、女の子に褒めてもらえた。

ヒジョ~にうれしかった。

ぼくは気が小さくて、ふだん大人しいもんだから、受けたことは受けたんだ。

そのかわり、

急に猫のマネするヘンな奴、と思われてしまったらしい。

 

それ以来、その子はぼくに、「猫のマネして~!」と注文するようになった。

ぼくはもう

人間としての誇りがズタズタだ。

  

ナゼ、猫のマネなんかしてるんだろ?

と、ぼくはガリガリやりながら、心の中で泣いていた。

こんなことは、もう止めよう。

でも、『告白がコワくなって猫のマネに突入しました』なんて

チキンな真実を言ったら、さすがにフラれるだろう。

『キミを喜ばせたかったのさ』とか何とか、スカしたせりふで、とにかく言い訳しよう!

 

と考えているうちに、猫のマネする回数が増えていく

どういうわけか、手でゴシゴシ顔を洗う、新たな技まで開発していた。

おかげで言い訳も、ぼくの心の中でドンドン増えていったんだ。

 

そして、言い訳があまりに巨大になったんで、

小心者のぼくは、

言い訳しない言い訳まで考えるようになっていた。

 

けっきょく、ぼくはその子に告白できなかったよ。

 

ぼくの人生、こんなことばっかりだ。 

もっとも、ぼくも毎回反省はするんだ。

言い訳を考えるヒマがあったら、プランを立てよう!って。

 

けれど、ぼくがプランを立てると、

「実行日」がいつも空白だったりする。

もっと綿密に計画してから!って、「実行日」を先送りにしちゃうんだ。

 

一体、どうすればいいんだろうね?

 

と苦悩しながら、ぼくの愛は、玉砕を続けている。

でも、いつの日か、

この愛も通じるに違いない!

 

と自分にまで言い訳しながら、ぼくは生きているみたいだ。

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2007年2月12日 (月)

憎しみについて

Boxercats  

 

 

 

 

 

 

 

 

人類には、二種類の人間しかいないんだ。

 

一方は、心やさしく繊細で、

思わず毎日、チャイコフスキーを聴いちゃうようなヒトたちだ

 

もう片っぽの方は、チャイコフスキーを聴かない困ったヒトたちだ。

たいていは、ブラームスを偏愛するマニアどもだったりする。

 

「 あれ?モーツァルトは?ベートーベンは?シェーンベルクは? 」

 

なんて聞くようなお子ちゃまは、もう遅いんだから早く歯を磨きなさい。

そしてパパとママに枕元で、

小林秀雄やロマン=ロラン、そしてアドルノでも読んでもらって

グッスリ寝るんだよ。

・・・ぼくは、キミたちのそうした幸福な時間が、少しでも長く続くことを祈ってる。

 

さて、今からは大人の時間だ。

 

社会に責任のある大人の一人として、ぼくは強く訴えたい。

人類の素晴らしい側と、腐ったブラームス側の両方に訴えたい。

「争いは、もう止めよう」と。

 

このまま相互の憎みあいが続いても、いいことはない。

というか最悪だ。

どちらかがきっと、憎しみのあまり核ミサイルの発射ボタンを押してしまい、

人類と音楽は滅びてしまうだろう。

 

もちろん、ぼくにも感情というものはある。

ブラームスマニアが、

 

「チャイコぉ?あんなジャムみたいに甘ったるいの聞くと、頭イタくなるぜ!」

 

などとホザくのを聞くたびに、

街宣車でチャイコのバイオリン協奏曲第三楽章を大音量でかけながら

その性根の腐りきったブラームスマニアを市中引き回しにした挙げ句

遠島申しつけをしてやりたくて、してやりたくて、もう気が狂いそうになる。

 

けど、理性ある動物、つまり人間として、それはやっちゃいけないことだ。

 

憎しみはたやすく広がってしまう。

とりわけて、自分がよく知らない連中を、

ヒトは簡単に憎悪できてしまうんだ。

 

だからたとえ、キミの友人がブラームスマニアどもの前で、

 

「ブラームスぅ?あんな退屈なもん聞いとったら、頭ワルなってまうがな!」

 

と、つい本当のことを言ってしまい、

そのまま奴らに拉致されて行方不明になっていたとしても、復讐してはいけない。

 

それだといつまでも同じレベルで、切りもなく憎悪が続くだけだ。

 

たとえば、ちょっと想像をしてみて欲しい。

ブラームスマニアのことを。

鈍くさくて、感受性のかけらもない奴らのことを。

 

彼らも、人間だ。

だから彼らにもパパとママがいる。

彼らも子供の頃は、ぼくらと同じように愛され、怒られて育ってきたんだ。

 

・・・奴らの家庭では、いつも轟音でブラームスがかかっているという事実は忘れよう。

 

彼らも、ぼくらの家庭みたいにワイワイ夕飯を食べ、

みんなでテレビを見て笑い、

学校の成績のことでママに怒られたりもしたんだ。

 

もしかすると、すごく可愛い妹までいるかもしれない。

 

まあ、いくら可愛くてもブラームスなんか好きな子は人間のクズに決まってる。

それでも、やっぱり、人間なんだ。

 

ぼくたちは理性を使えば、お互いを理解できる。

 

理解するということは、ぼくらの心の内に、他の人間を発見することだ。

イヤな話かもしれないけど、理性を働かせてゆくと、

ぼくらの心の底にも、ブラームスマニアと共通する要素が見つかるんだ。

 

この共通要素を強調することで、今日の危機的な対立を避けることができる。

と、ぼくはみんなに伝えたいんだ。

ウソだと思うなら、試してほしいな。

 

ブラームスマニアどものまっただ中に、無防備で入ってみよう。

 

もちろん、ぼくらの繊細で感受性豊かな人格はバレバレだから、

すぐに奴らに取り巻かれ、出口をふさがれることだろう。

そのとき、こう言ってやるんだ!

 

「 ・・・ワグナーって、つまんないよね 」

 

手に手にナイフや棍棒を持って、

ニヤニヤこっちを見ていた奴らもハッと真面目な表情になるだろう。 

そして奴らが、「おおう!」と全員うなづき、

いかにワグナーがつまらないかを一斉に語り出すこと、これ確実なんだ。

 

気がつくと、なんか肩まで組まれてしまい、

そのまま酒場に一緒に入ってゆくことも十二分にあり得るんだよ。

 

ただ、今度はワグナーマニアどもと闘わなくちゃいけないけど、

それは大丈夫じゃないかな。

 

ワグナーマニアなんて、弱小だからね。

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2007年2月11日 (日)

気が小さいと、フシギな世界が好きになるんです

                                                         C2_1  

ぼくは無神論者だったりする

 

でも、暗闇がコワい

 

部屋が真っ暗だと眠れない、チキンな無神論者のぼくは悩むんだ

 

 

・・・いや、別に、理論と実践の矛盾について悩んでるワケじゃないよ。

そんなことより、ずっと深刻な問題がある。

 

「 ・・・ねえ、明かり消して 」

なんて女の子に言われるシチュエーションは、すべての男の夢だろう。

でも、ぼくにとっては絶体絶命のピンチなんだ。

『 コワいからヤだ 』

って正直に答えたら、何もかもブチ壊しだ。

 

まあ、そんなナイスなピンチに陥ったことはないんだけど。 

ただ、夢をあきらめないのが男というものだ。

だからぼくは、自分のコワがりを治すために、ときどき『家庭の医学』を読む。

 

対症療法なんだ。

この手の本は、ぼくの悪夢の一つだから。

『家庭の医学』みたいな本を読んでると、ぼくは必ず

婦人病以外のすべての病気の兆候を、自分の身体に発見してしまうんだ。

 

というわけで、ぼくにとって医学の本はホラー小説の一種だ。

真剣に病気と闘っている人がいるというのに、

性根の腐ったぼくは、コワいもの見たさで医療関係の本を読んじゃうことがある。

 

『ガン病棟』も、そういうケーハクな気持ちで手に取った本だった。

ソルジェニーツィンという旧ソビエトの反体制作家が書いた小説で、

これが、なんだかフシギな本なんだ。

 

ガンを患っている主人公が、もう満員のガン病院に「入院させろ!」って強引に入り込む。

話はそこから始まるんだけど、

この主人公が、ぜんぜん医者の言うことを聞かない。

担当のお医者さんは誠実で、忙しいのに最新の治療法を学んだりもしている。

なのに主人公は、「学問は知恵を授けてくれない」とか何とか口走り、

モロに怪しい民間療法をコッソリ病室で続けていたりする。

こう書いていて、自分でも訳が分からないけど・・・この主人公、

何のために入院したんデスカ?

 

お医者さんもそう思い、「ガンを治したくてウチ来たんだから、言うこと聞きなさい!」

と、当然の意見を口にする。

なのに主人公は、エラそうにこう答えるんだ。

 

『 ぼくは苦痛を和らげてもらいにここに来たんです!

  とても痛い、助けて下さい、とぼくは言った!・・・

  ・・・今はもう痛くなくなった、ありがとう!感謝しています!

  先生はぼくの恩人です。ただ、もうぼくを放してほしいんです!

  ぼくは犬のように自分の小屋へ帰って、のうのうと寝そべって、

  好きなだけ自分の体を舐めていたいんです。そうさせて下さいませんか 』

 

こう言った主人公は、でも、ちっとも治っていなかった。

痛みがなくなっただけだから治療を続けないと!ってお医者さんは必死で説明する。

なのに恩知らずのこの患者は、さらにヘリクツをこねまくるんだ。

 

『 どういうわけで先生方には、他人に代わって何かを決定する権利が

  あるんですか。恐ろしい権利じゃありませんか。そんなものから、

  ろくな結果が生まれたためしはないんだ。

  その権利をもっと恐れて下さい!』

 

当たり前だけど、お医者さんは怒ってしまった。

病気を治すためには、患者さんに従ってもらわなくちゃいけない。

治したいからアレコレ言うわけで、べつに命令したいわけじゃないんだ。

 

というわけで、主人公とお医者さんのガチンコ議論が始まるんだけど、

それは、どうでもいい。

それより問題は、主人公が恩知らずのクソ野郎で、支離滅裂なことを口走るのに、

なんだかフシギな魅力があることなんだ。

 

ちなみに、この小説の時代設定はスターリンが死んだ直後で、

本の中だと、お医者さんたちは被害者として描かれている。

この時代のソビエトは、政治的に『反知性主義』をフルに活用したから、

お医者さんや技術者は、いつドコで密告されてもおかしくなかった。

その状況を描きながら、それでもソルジェニーツィンは、

主人公に医者や医学の悪口を言わせてるんだ。

 

もちろん主人公は、ソビエトの悪口も言いまくるよ。

そんな奴がソビエトで無事に暮らせるはずもなく、

スターリン時代には強制収容所にブチ込まれていたって設定だった。

けれど主人公は同じ被害者であるお医者さんたちにも、容赦がない。 

言うまでもなく、こうした悪口は出口もない。

「じゃあ、どうしたいワケ?」って聞きたくなるほど、とにかくネガティブな奴なんだ。

 

でも、このネガティブさには、どこかフシギな魅力がある。

なんだか「ネガティブである責任感」みたいなものを、主人公に感じるんだ。

 

・・・ええと、こう長々と書いてきて何だけど、

ここから、本題に入ったりする。

『ガン病棟』の主人公と同じく、とにかくネガティブな本を、

ぼくはみんなに紹介したい。

 

Bookcover

 

 

 

 

 

 

上の、『つっこみ力』( ちくま新書 )という本を、ぼくは紹介したいんだ。

この本で語られていることは、基本的に一つしかない。

それは

自分のアタマで考えよう!ということだ。

 

もちろん現実には不可能な提案だよ。

ものを考えるには、何らかの訓練がいる。

自分のアタマで考える、というのは本当に素晴らしい理想だけど、

そうした理想が素晴らしい、と思うのも何らかの訓練のおかげなんだ。

 

でも、著者のマッツァリーノさんは、理想を実践しようとした。

「自分のアタマで考えよう!」と教えてしまう矛盾を、なんとか解決しようとした。

その方向は、ものすごくネガティブなものだった。

マッツァリーノさんは、「考え方を教える」方法、つまり、学問を批判したんだ。

 

でも、学問抜きの発言は、声のでかい奴が勝つ。

 

ある種の強制を避けようとしてロコツな強制に陥る危険が、この批判から出てくる。

そこでマッツァリーノさんは本の後半をほとんど費やして、

『データーの読み方』を必死でみんなに伝えようとするんだ。

ただし読み方を「教える」かわりに、

〈データーは、どれもテキト~に解釈できる。盲信はダメ〉というネガティブな形で。

 

正直言ってムチャクチャな力技だ。

とはいえネガティブな態度は、ずっと貫かれている。

ネガティブな誠実さ、といったようなものが、この本にはあるんだ。

 

この誠実さが、『つっこみ力』にフシギな魅力を与えていると、ぼくは思う。

 

もっとも、この本は色々と批判されてるよ。

ぼくが尊敬している学者さんも、

『無様』、ということばで全面否定をしている。

 

こうした批判も当然だとは思うんだ。

世の中の役に立てようと誠実に学問を追究してきた人にとって、

マッツァリーノさんのネガティブさを少しでも認めることは、

それこそ不誠実な態度になるから。

 

それにムチャクチャとはいえ、こうした力技ができるマッツァリーノさんは、

おそらく学問に関係しているヒトなんだろう。

そもそも、この『つっこみ力』を出している出版社は、

フクロウ(学問の象徴)マークの筑摩書房だったりもする。

なのにマッツァリーノさんは、「教えないで伝える」ために、

自己否定に向かってしまった。

まあ、権威付けを避けるためか、どの著作でも著者略歴がムチャクチャなんだけど。

 

ただ、こうした批判があっても、ぼくは『つっこみ力』を、みんなに紹介したいな。

 

自分のアタマで考えよう!って理想に含まれる難問に、取り組んだ本なんだ。

そして自己否定にいたるまで、理想を実践しようとした本なんだ。

そのネガティブな誠実さと結果としてのムチャクチャさの点で、

ぼくは本当に、読んで損はない本だと思うよ。

 

 

・・・ええと、でも、ぼくのグダグダ長い文は、読んで損する可能性が限りなく大です。

ここまで読んで下さった方、どうもありがとうございます。

まとまりのない文で、申し訳ありませんでした。

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2006年12月 3日 (日)

クリスマス接近中

 

Bravecat_3

 

一人で生きる

 

それが男だ 

 

世間なんて無視! 

 

 

気が付いたら、クリスマスが接近中。

オッサンにとって、実にメンドくさい行事だよ。

とくに心配性の両親を持つと、色々と大変なんだ。 

 

ぼくの両親は、ぼくをダメ人間だと確信している。

そのせいか、クリスマスが近づくたびに

「Qちゃん(ぼくのこと)、今年こそ、いいクリスマスを送れそう?」

なんて意味不明の電話を、ぼくの両親はかけてくる。

イトコのAちゃんには子供もいるのに!って、なぜかメチャクチャ怒られてしまうんだ。 

 

もちろんダメ人間であっても、両親は安心させたい。

だから今年もまた、

「うん、ちゃんと予定入ってるよ」なんて大ウソついて

クリスマスは一日中、部屋に閉じこもる予定だ。 

 

ウソをつくと、心がつらいよね。 

 

ただ、ぼくはオッサンだから、人生にウソが不可欠なのは知っている。

楽しく生きたければ、ウソは必要だ。

これはホントウだよ。 

 

だから、まちがっても合コンの席なんかで、真実を求めちゃいけないんだ。

真実への道は、厳しい。

その厳しさは、一人きりのクリスマスという結果に表れるんだ。

ぼくが、その見本だ。 

 

女の子:「 ね、ね、QKさん(ぼくのこと)、血液型はB? 」

ぼく:「 は?どうしてまた? 」

女の子:「 わたし、なんか、B型のヒトとは合わないんです 」

ぼく:「 ・・・で、ナゼ、ぼくがBなの? 」 

 

というわけで、ぼくは、このあいだの合コンで真理を探求してしまった。

「血液型と相性」の真理についてだ。

だてに長生きしてないぜ、ってオッサンらしく雑学から語り出したんだ。

こんな感じにね。 

 

「あの、あのねえ・・・( 涙をこらえて思案中 )・・・

・・・まあ、たしかに、血液型は、男女の相性と縁が深いよね。

知ってる?

今流行ってる血液型性格判断って、

能見正比古さんの『血液型でわかる相性』って本から始まってるんだ。

もちろん科学的じゃないけど、

でも、科学かエセ科学かなんて、どうでもいいんだ 」

 

そしてぼくは、こう続けるつもりだった。

 

『それより問題は、この本の出版が1971年ってことなんだ。

この年はね、

 ○ マクドナルドの日本上陸

 ○ カップヌードルの登場

 ○ カラオケの発明

といった大衆消費社会の必需品が、バーンと日本に出てきた年なんだ。

現代社会の入り口、それが1971年なんだよ 』

 

この切り口から、ぼくは大衆消費財として血液型性格判断を語り、

そして

消費財ではない真実の愛を共に探求しよう!って演説する予定だったんだ。

 

けれど、真実は科学に敗北してしまった。

というか、「どうでもいいんだ」と言っちゃったせいで、パキィと話の腰を折られた。

 

女の子:「 え~!血液型って科学的ですよ~!ホントよく当たるし 」

ぼく:「 ・・・いや、当たるからって科学的とは・・・ 」

女の子:「 当たらない科学ってあるの?それってヘンだよ( タメ口になってる ) 」

ぼく:「 あ・・・う・・・まあ、科学というのは・・・ええと・・・ 」

 

ぼくは文系だった。

 

けれども、ぼくはオッサンだ。

オッサンは傷つきやすい。

無用な雑学をふりまわし、かえって無能を証明したぼくは、激しく傷ついていた。

 

ぼく:「 ・・・というか、科学が問題じゃなくて、愛とか・・・ええと、ええと 」

女の子:「 ちょっと~、エセ科学って言ったのはQKさんですよ~ 」

ぼく:「 いや、そうじゃなくてね、そうじゃなくて・・・

    だからさ、

    科学なんてどうでもいいの! 」

 

逆ギレじゃないよ。

ぼくはジェントルに、こう続けるつもりだったんだ。

 

『 コホン、ま、よ~く考えてみて欲しい。

理系のヒトだって、「日が昇る」とか「日が沈む」とか言うんだよ。

これって、非科学的だよね。

太陽の周りを回っているのは地球だからさ、

主観的には正しくても、科学的には間違っている言葉なんだ。

でも、ダレもこの言葉を問題にしない。

けれど、エセ科学は問題になる。

その違いは、社会的にマズいことがあるかどうかなんだ。

エセ科学だ~!って色々言われている考えもね、

本当は、〈科学的かどうか〉が問題になっているわけじゃないんだ。

その考え方が、社会的にマズいことを引き起こすから・・・ 』

 

というところまで考えたんだ。

われながら、じつに見事な論理のスリカエだ。

でも、このまま言っちゃうと、「血液型性格判断」が社会的にマズいってことになる。

 

・・・合コンで、女の子にケンカを売ってどうする?

 

と、ぼくはつい、ためらってしまった。

 

まあ、ためらったのは、合コンって理由だけじゃない( と思いたいな )。

年をとると、「正しさ」と「良さ」がなかなか一致しないって分かってくる。

社会的に「正しい」からって、それが「良い」とは限らない。

人生にとって「良い」からって、それが社会的に「正しい」とは限らない。

ただ、こういうことが分かっても、さみしいだけだ。

 

だから、ぼくは、みんなに伝えたい。

合コンで議論する奴はバカだよ。

合コンで議論したって、モテないに決まってる。 

 

で、ぼくの議論は、「どうでもいいの!」のところでバキィと腰を折られた。 

 

女の子:「 ・・・やっぱり、わたし、B型のヒトとは合わないなあ 」

ぼく:「 いや、だから・・・あのですね・・・とにかく、ぼくはB型じゃない!」 

 

こう叫んだぼくは、B型差別主義者、という称号をさずけられた。

一緒に合コンに行った野郎どもからだ。

最初とまどっていた女の子も、ぼくを、『B型よりサイテー』って眼で見ている。

ズルい!おいしいトコだけ持っていくなんてズルいよ!って叫んだけどムダだった。 

 

いや、グチは止めよう。

男らしくないからね。

男は、孤独に耐える生き物なんだ。 

 

だけど、クリスマスも近い。

ぼくは今、

「いやあ、ぼくはB型だけど、ホントはすごく相性がいいんだよ!」って

大ウソをつけばよかったと心から思っている。

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2006年8月30日 (水)

気が小さいと、大宇宙が好きになるんです

 

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 NASAって一体どんなトコなのか、時々ぼくはフシギに思う。

 ほら、よく雑誌の裏表紙に、こんな広告があるよね。

 

   「 NASAの研究者も認めた、ミラクルストーン!

    大宇宙のパワーで、あなたも生まれ変わる!

    五千名様限定で、ただ今、お分けいたします! 」

 

 お分けしてくれるはずなのに、ナゼか値段が書いてある。

 でも、ミラクルな効果を考えると、メチャクチャ良心的な値段なんだ。

 

 まず、モテモテになる。

 試験の成績も上がる。

 宝くじに当たったりもする。

 

 これが、大宇宙のパワーだ!( by NASA )

 ということらしい。

 

 ホントにこんな研究をしてるなら、NASAってよっぽど

 ビンボーでモテない集団なんだと思う。

 ぼくのような人間にピッタリの就職先だ。

 

 なんて、学生時代に冗談で、友人に話したことがあるんだ。

 

ぼく:「 というわけでね、ぼくは、大宇宙のパワーを学びたいんだ!」

友人:「 QK( ぼくのこと )、・・・お前・・・ 」

ぼく:「 ちょっと、ちょっと!マジな顔するなよ!というか、泣くなよ!

友人:「 ・・・いや、これはもう、めっちゃシリアスな話やで・・・ 」

 

 で、ナゼか、ぼくらはミラクルストーンを共同購入することになってしまった。

 

 もちろん、シャレなんだよ。

 ただ、シャレのついでに追試も兼ねていた。

 科学的発見は、追試が可能かどうかで、その真実が試されるんだ。

 

 で、ぼくたちは大枚をはたいたおかげで、NASAってダメダメ集団だと知ったんだ。

 

 ちっともモテないよ!

 ずっとビンボーだよう!

 

 しかも、ぼくらは、就職しなかった。

 ぼくと友人がフリーターになった責任の一つは、NASAにあると思うな。

 

 いや、まあ、ぼくらは文系だったけどね。  

 

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2006年8月28日 (月)

お子ちゃま禁止

 

 今日、ぼくは、気が付いた。

 このアホBlog、書いているぼく以外は誰も見ていない

 

 誰も見ていないと、バカは本性を現すものだ。

 というわけで、バカなぼくは、

「 もう、好きなこと、ドンドンしちゃおうかな・・・」

 って、お気に入りの画像をUPしようと思いついた。

 

 まあ、無修正だから、一発でココログから追放されるキケンがある。

 このスリルが、いいんだ。

 試験前夜に飲みに行っちゃう、あのスリルを思い出すね!

 

 というダメ人間のぼくだけど、やっぱり、お子ちゃまは気になる。

 さて、何かの間違いでここに入った、お子ちゃま諸君!

 キミたちは、今すぐ、このアホBlogから脱出するんだ。

 約束だよ!

 後楽園で、ぼくと、握手!

 

 ・・・ええと、何の話をしてたんだっけ?

 あ、無修正画像か。

 じゃ、UPしちゃおうっと。

 よいしょ。

Mouse

 

そういえば、

 

この手の画像って、

 

アクセスアップにいいらしいよ。 

みんなにも、お勧めしたいな。

 

 ・・・しかし、今日は、まいったよ。

 喫茶店でのことなんだけど、

 お子ちゃまが来ちゃってね。

 

 ちなみに、ぼくはタバコを吸う。

 だから喫茶店じゃ、いつだって隅っこの喫煙席だ。

 そのナイスな流刑地に、お子ちゃま付きのファミリーがやって来たんだ。

 

   ・・・うわ、何でこっちに?

   禁煙席、ガラガラじゃないっスか!あっち行って!

   ちょっと、ぼくの横はダメ!

   そこはダメ!いや!そこはダメえええええええ! 

 

 という激しい抵抗( 心の中オンリー )にもかかわらず、ファミリーは横に座った。

 まわりのテーブルじゃ、みんな真っ青。

 あわててタバコをもみ消す哀れなオッサン集団は、なんか、目がうるんでいた。

 

 みんな、タバコが吸いたいんだ。

 だから、自ら流刑地に行くんだ。

 でも、お子ちゃまがいたら、吸えないんだよ。

 

 もちろんぼくは、あのファミリーをどうこう言う気はない。

 あのヒトたちは、ちょっと昔風なんだと思うだけ。

 タバコを吸うパパを中心に、みんなでワイワイ楽しくおしゃべりする家族。

 それはそれで、いいと思うんだ。

 

 でも、「昔風」じゃ、もう済まない世の中だ。

 今の世の中は、健康で安全な社会を目指している。

 そして、なにより、お子ちゃまを大事に大事にしている社会だ。

 

 いい世の中だと思う。

 でも、ぼくは、オッサンだ。

 健康や安全からワザとハミ出したくなる、ちょっと困ったお年頃なんだ。

 

 とりあえず、ファミリーや彼女がいるヒトには、健全で楽しい遊園地がある。

 オッサン以外のヒトには、そっちをおすすめしたいな。

 まあ、実は東京じゃなくて千葉にあるんだけど。

 そういう、ちょっぴりのウソと大量の健全さこそ幸福にふさわしいと思うんだ。

 

 そして、不健全を好むオッサンは、誰も読まないBlogでもやってればいいんだよ。

 

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2006年8月26日 (土)

男の世界

 

Hard

 

ハゲは、男らしい。

 

あふれ出る男性ホルモン。

 

こいつのせいでハゲるんだ。

 

 

 というわけで、最近ハゲかかってきたぼくは、男性ホルモンが多いんだと思う。

 一目で、男性ホルモンがドバーってあふれ出ててると分かる男。

 それが、ぼくだ・・・( カッコいい!)

 

 なのに、モテない

 

 いや、まあ、ハゲる前から、女の子に相手にされなかったけど。

 ハゲ出してから、状況はさらに悪化した。

 

 Tちゃん:「 あの・・・あの、QKさん( ぼくのこと )」

 ぼく:「 ん?どしたの? 」

 

 前の職場のアイドル、Tちゃんがオズオズ話し出した時、ぼくの胸は高鳴った。

 帰りの電車で、二人きり。

 いつもはノリのいいTちゃんが、なんか、照れ照れだった。

 

 ぼくは、その時、『もしかして・・・もしかしたら!』と思ったよ。

 男は、夢見る生き物なんだ。

 とくに、男性ホルモン過剰なぼくは、ドリームを通り越して妄想で生きている。

 

 さっそく『子供は三人くらい作ろうね!』と、二手も三手も先んじた返事を考えた。

 考えたのに、会話は、予想もしない方向へ向かったんだ。

 

 Tちゃん:「 ・・・えと、QKさんは・・・ 」

 ぼく:「 う、うん・・・なに?( めっちゃ緊張しています ) 」

 Tちゃん:「 ・・・QKさんは、キリスト教徒なんですか?」

 ぼく:「 は?」

 

 その時、ぼくははじめて、職場でサビエルと呼ばれていることを知った。

 

 Tちゃんは、すごくいい子だった。

 彼女は悪くないのに、ショックを受けたぼくに全力で謝ってくれた。

 そして、「髪型を変えたらどう?」とか、色々と相談にのってくれたんだ。

 

 考えてみればTちゃんは、言いにくい話を冗談がらみで話してくれたんだと思う。  

 けれど、ぼくはアタマが悪い。

 「頭にタオル巻いて、明日からビンラディン!」とか、バカなことを言いまくった。

 

 ま、ヤケクソだった。

 キリスト教や、イスラム教を信じてる方、本当にごめんなさい。

 ぼくはダメ人間だ。

 ハゲくらいでクヨクヨして、ヤケクソになっていくんだ。

 

 もちろん、俗世から離れようとするハゲ( お坊さん )は、すごく立派だ。

 でも、ぼくのハゲは違う。 

 このハゲは、男性ホルモンのせいなんだ!と、ぼくは世界に訴えたい。

 女の子がいるこの世界が大好きだ!って訴えたい。

 

 そういえば、古代ギリシャで最高の雄弁家といわれたデモステネスは、

 「 もっと上手く話したい!遊ばないで練習してやる~!」って、

 頭を半分、ハゲにして自宅に引きこもったって話だ。

 

 ・・・そんなにハゲが恥ずかしいの?と突っ込みたくなるけど、それはともかく、

  ○ ハゲると引きこもりたくなる

  ○ 引きこもるとパワーアップする

 という法則を、デモステネスの例から見ることができるだろう。

 

 だから、ぼくは、思うんだ。

 パワーアップしてやろうって。

 

 ただ、何をどうパワーアップしていいか分からないんだけど。 

 

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2006年8月24日 (木)

誕生日は一人で過ごす

          

Birthday  今日は、ぼくの、誕生日。

 

 いつものように、一人きり。

 

 メールなし。

 電話もなし。

 そもそも、彼女がいない。

  

 ・・・で、でも、平気だよ!

 だって、もう慣れちゃったから。 

 

 さて、男らしく回復したところで、ぼくは今日、次のように主張したい。

 それは、

 「誕生日は一人で過ごそう!」っていう、じつに現代的な主張だ。

 

 今はもう、21世紀。

 グローバルで自由な時代だよ。

 ぼくらは、いつまでも昔のままじゃいられないんだ。

 

 というわけで、ぼくは今日、21世紀の人間らしく、こう歌った。

 

 はっぴば~すでぃ・とう・み~♪

 はっぴば~すでぃ・とう・み~♪

 

 ・・・歌っているうちに、目にゴミが入ったり、声がふるえたりするけど、耐えるんだ。

 21世紀の人間らしく、一人で耐えるんだ。

 むかしのハッピーな歌も、時代にあわせて変えなくちゃ。

 

 そうしないと、JASRAC(日本音楽著作権協会)が襲いかかってくるからね。

 

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